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プロフィール

福田です。

●学歴書

■小・中学生時代

 野球一筋のオバカさん。親に無理やり行かされていた習い事。その中ではそろばんが今一番役立っているかも?好きだった野球をケガで断念。やることもなくなったのでアイドルの追っかけしてました。また、筋力トレーニングという時代錯誤のものに熱中。

■高校
 色々な意味でのカルチャーショック。大阪市内から富田林という少し離れた高校へ行くのは毎日遠足。子供の頃から高校卒業したら就職と思っていたのが、友達の影響もあって進学を目指す事になるが浪人。

■大学
 大学に入ったら遊ぶものと思っていたので授業にはほとんど出ず。また浪人というコンプレックスがあり、大学内で現役入学の人と話さなかったので友人はほとんどできなかった。授業出たあとはすぐに大阪へ戻るという生活だったのでバイト内での友人が多数できる。

●職歴書

■大手カード会社①

 新卒すぐの入社即借金の取立て。サラリーマンの体育会気質も好きにはなれず。でも入ってすぐ辞めるのは親が泣くと思い、そこそこの数字を挙げようと思ったらなんと回収額トップのエリート取立てマンに。

■大手カード会社②
 サラリーマン生活に楽しみを感じてきた頃に営業への異動。エリート取立てマンからダメダメ営業マンへの退化。やることなすこと上手くいかずに一度目の転職決意。

■大手カード会社③
 転職活動をするがやりたいことがはっきりわからず、面接でもそこを突かれ惨敗。周囲の説得に半ば諦めに似た感じで断念。もう一度営業での再起を目指す。

■大手カード会社④
 大手会社の営業担当となってからは、忙しい毎日。少し営業の面白さが出てきた頃だったが、大手会社特有の、のほほんとした雰囲気に「このまま俺はどうなってしまうんだろう?」という焦りを感じ始める。

■大手カード会社⑤
 二度目の転職決意。しかし、転職ならどこの会社に行っても不満はあるだろうと思い独立できる仕事を探す。色々な話を聞いた結果、生命保険のトップセールスマンと出会い運命が変わる。

■外資系保険会社①
 入社早々から労せず新人賞を獲得。入社3ヶ月で月収は75万円に。「俺はできるんだ!」という勘違いの始まり。

■外資系保険会社②
 1年を過ぎる頃、客が全くいなくなり行き詰まりを感じ始める。テレアポや飛び込みをするが全く結果です。新しい顧客開拓方法を模索する。

■外資系保険会社③
 ホームページを開設。開設後無料小冊子の配布は1,000部を超え目が回るような忙しさに。この頃から「自分で独立してやっていけるだろう!」という、根拠のない自信を持ち2004年4月から独立へ。

 大手カード会社のサラリーマンだった私が、紆余曲折を経て、昔からの目標であった独立を32歳の時にしました。

 しかし、ここまで来るのに色々な葛藤がありました。私がどうして独立しようと思ったのか、また今までどんな方法で営業して来たのかについて

 もう少し詳しく知りたい方にはお話します。

 営業を仕事にしている人にはかなり参考になるかもしれません。










福田が大学卒業してから、現在に至るまでを書いています。


1.大学卒業から転職を決めるまで


大学卒業後ある大手の銀行系カード会社に入社しました。


入社した時には営業希望って書いてたんですが、なんとその配属場所は


「取立て部」


になってしまっいました。その時は「なんかお先真っ暗やなあ」とか思いましたね。なんでかというと僕は会社に入って出世したいとかじゃなく、


「友達が就職するから自分も就職せなあかんのやろな」


という軽い感じで就職先を決めたからです。


銀行系列の企業という背景もあり、給料面においても不満はなく、また女の子が非常に多い(同期で男8、女48やったかな?)という環境は僕にとって大変魅力的なものでした(笑)。


しかし僕自身サラリーマンって何をするのかよくわからんかったわけです。親はサラリーマンでも職人のような仕事でしたし、近所の家庭の親もそんな感じでした。


何も動かないままで六年ほど過ぎました。その間、友達もそこそこできたし普通に結婚もしました。でも何か違うような感じがしていたんですね。


「ほんまに俺はこのままでええんか???」


入社した時から思ってたんですけど、昇進を気にしてる自分が嫌だったんです。


「俺は組織にしばられてるのは向いてないな…」


組織に6年間いることで、自分が自分らしくないと感じました。


でも実際のところ、僕は組織に所属するのは嫌いではないんです。正確にいうと、組織に居続けることが苦手なんだと思います。


だから部活も長続きしなかったし、サークルもすぐ辞めたり。でも自分でサークルを作ったりすることは好きなんです。


じゃあ自分で独立するしか方法はないな、と。でもここで大きな問題が発生しました。


「何をやりたいのかがわからん!」


こんな中途半端なヤツが上手くいくわけがないですね。でもこのままじゃアカンからとりあえず一歩目を踏み出してみようかと思い、とりあえず転職斡旋会社数社に登録をしてみました。(○クルート・○イブリックとかですね)


転職斡旋会社に登録すると色々と自分の希望などを聞かれるんです。


この時、本当によくわかりました。自分が何にも考えてなかったということが。


僕の場合、独立に近い形態をとる職種を希望していたため、最初は損害保険の独立代理店ということを勧められました。


それと同時に生命保険の外交員もどうなのか?と尋ねられました?


その当時の僕はそんなことを全く考えていませんでしたが、なるほどその選択もありなのかな、と心に留めておきました。


奇遇なことがあるもんです。私の知人がその代表の方と知り合いだったんですね。


それでその知人を通じてその代表の方とお会いさせていただく機会を得ました。


僕は『そんな凄い人と会えたら俺の人生に何かしらいい影響があるかもしれんな』と思い、ドキドキして待ち合わせのヒルトンホテルへ行きました。


2.転職、そして未知の世界へ

実際お会いした瞬間は異常に緊張してたと思います。そして会ってからは生保の業界のことや社員制度のことについて色々と説明していただきました。でも話よりも強烈に印象に残っているのは、


「この人は人生が楽しそうや。なんか同年代の人とはちょっとちゃうな!」


と直感で感じたんです。


「自分のやりたいことを仕事にすると人生楽しいんかな?」


とも思いました。


基本的に僕はお金のことを考えることは大好きです。だからできることならムダなお金の使い方とかはお酒以外ではあまりしないほうだと思います(お酒でのムダ使いはよくしていますがね)。


そのお金に直接関わることができる保険という仕事は


「ひょっとして自分には合ってるかも」


そう思いました。


でも保険という商品が住宅の次に高い買い物というくらいしか知らなかったので、保険を真剣に考えることによって大きく人生が変わってしまうほど大事なものという認識は正直なかったですね。


『その保険という商品を自分が色々な方に説明していく』


建前ではなく本気で


「この仕事は何とすばらしい仕事なんやろ」


と思いました。


そう思えば行動するのは簡単です。この業界に飛び込むことを決意しました。


そして無事円満退職し、晴れて外資系生保に転職した私は、今の友人・知人、前職時代の先輩や後輩から最初に話をしていったんです。というのは研修を受けている時に、


「今の保険加入者の大部分が自分の保険の内容を知らない」


という説明を受けたからです。


手始めにまず自分の親の保険証券を見てみると、「やっぱりな」と。


「そうか、じゃあまずは自分の好きな人達、世話になった人達に対して恩返しのために自分の話をしよう」と決意し、知人・友人たちの保険証券を分析しました。


そこでもし保険の内容をよく知らない人が大勢いれば、その事実を伝えることによってそのお世話になった人に恩返しできる!


そして研修を終了し、営業を開始したその日に、大学時代の友人の契約をいただきました。僕の研修の成果が出たのか熱心さが伝わったのかはようわかりませんが、説明によく納得してくれて


「ほんまやな、お前のいう通りやわ。じゃあそうするわ」


ということで僕の初の契約者となりました。この初契約の日に事務所に戻ると上司に握手を求められたことを今でも覚えてます。ほんま嬉しかったですね。


僕はこの世界に入る時に、


「超一流のセールスマンになるから見とけよ!」という意気込みで乗り込みました。


そして、入社以来順調に業績の方も伸びていきました。この時の私は、「保険というすばらしい商品を売りながら自分の収入にもなる」という気持ちで非常に充実していました。


そして、契約者の方から紹介などもいただき、「やっぱり俺が話したらみんなわかってくれるんや、そんな難しくないやん」と慢心してしまったのです。


ところが・・・



3.大きな壁そして・・・


そしてちょうど一年が経とうとしていた頃ですね。ちょっとづつ成績が落ちてきたんです。慢心ですね。最初の頃は紹介をしてくれてた人もいましたが、当然それも少なくなり…


そして、ついに勧める人が一人もいなくなった時、目の前に厳しい現実がやってきたんです。


そうです、飛び込みやTELでのアポイントセールスでの新規開拓。こんなこと今までの営業でしたこともないし、したくもないことだったのに…でも仕方がなく始めました。


嫌なことって毎日やり続けると体がおかしくなるんですよ、ほんまに嫌な気分になることが何回もありました。そこでやっと気づいたんです。


「保険販売という仕事は人に好かれてない仕事なんや・・・」


それからの僕は、「あなたの家庭にとって大事な保険の話をさせてください」と必死に話したり、「少しだけでもいいので私の話を聞いてください」などとお願いしたりしましたが誰も聞いてはくれません。


これを読んでいただいているあなたは保険に興味をお持ちかもしれません。しかし、保険に全く興味のない人にとっては、保険の話は本当にどうでもいい話なんです。


この大不況下において保険という商品が良きにしろ、悪きにしろ注目されてます。でも保険に興味があっても保険屋さんの話なんか聞きたくないのです。


「どうしてかって?」


保険屋さんのイメージが悪いからなんです。



私の知人、友人たちは私のことを信用してくれていたので喜んで話を聞いてくれたのですが、私のことを知らない人にとっては「うざい保険屋の一人」でしかなかったわけですね。


長く不調の期間が続きましたね。


どれくらいかな、半年くらい。


その間、自分がどうして保険販売員になったのかもう一度考え直してみました。


「自分の営業手法に問題があるのか?」


「顧客獲得のためには何をしたらいいのか」


など色々な本を読み漁りました。セミナーや異業種交流会にも参加しました。



そして色んな事をやってみた結果少しずつ成果が現れてきました。人間やればできるもんですね。


そんな折、ある人からこんなことをいわれました。


「あんまり客の立場になりすぎると給料増えへんで。」と・・・


ここで大事なことを一つ言います。


この日本には本当に大勢の保険屋さんがいます。保険屋という仕事は保険を売ることが仕事です。


保険屋は様々な手法で営業をしています。飛び込み営業やTELアポ、真夜中のポスティングなど結果がなかなかついて来ない大変つらい仕事やと思います。


保険屋は必要な人には大変喜ばれる仕事ですが、今必要でない人にはただの害虫なのです。


だから、保険屋は数少ない見込み客からできるだけ自分の利益になる商品を販売しようとします。


でもほんとにそれでいいんでしょうか?


だからといって僕も保険を提供している立場なので、適正な利益が出る商品を提供します。でも僕は保険屋じゃないんです。


じゃあ何なのか?


僕は


「ベストパートナー(良き理解者)」


になることを目指しているのです。


「なんとかあなたに僕の考え方をわかって欲しい!」


「本当にあなたのお金をムダにして欲しくない」と考え、試行錯誤の末このホームページを立ち上げました。


だからといってこのホームページを見て、保険の全てを理解することは土台ムリな話です。


でも、「自分の保険はどうなっているのか?」「ちょっと一度見直してみようか?」と疑問がわくことが全てのはじまりです。


疑問がわいた方はコチラ


そして、一刻も早く、生きていくために本当に重要なあなたのお金を有効に利用していただくことを切に望んでいます。


あなたより先に私に相談を受けられた方です。



追伸:
この5年以上もの間、全国の多くの方に出会うことで色々と勉強させていただきました。


これからの僕の使命は、より多くの方々に「お金の大切さ」と「知らないことの恐怖」を知っていただきたく思っています。


実際、「お金」は人の心を左右します。でも「お金」よりも大事なものは当然あります。だからこそ「お金」に対してもっと真剣に向き合って欲しいと思っています。


そして最後になりましたが、あなたと出会えることを心から楽しみにしています。


保険の相談をしたい方はコチラ


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